HISTORY OF ISE MERCHANTS

伊勢商人

江戸時代、三都(江戸、大坂、京都)のみならず、関東・東北の各地に進出し、日本の商業史に燦然と輝いた伊勢商人。特に松坂商人と相可・射和商人の足跡を辿る。

松坂・相可・射和から全国へ

01 / INTRODUCTION

はじめに

  • 日本の三大商人は大坂商人、近江商人、伊勢商人
  • 近江商人、伊勢商人は地場でなく、他所で活躍したことに特徴
  • 伊勢商人は三都(江戸、大坂、京都)で活躍し、東北地方などの地方にも多く進出

02 / HOMELAND

伊勢商人の本拠地

  • 伊勢商人が他所からも一目置かれるのは、伊勢国生まれで他所で活躍したから
  • 松坂(現松阪市)、射和(現松阪市)、相可(現多気町)、白子(現鈴鹿市)など。
  • いずれの地域も歴史的経緯から武士による締め付けが緩く、自由都市のような状態
  • 松坂は、蒲生氏郷が新設した町で、商業の活性化のために発した町中掟の第一条で「十楽(課税せずに自由に商売を許可するという意味)」を宣言。
  • 松坂は、江戸時代には紀州徳川藩領となったが、町の運営については氏郷以来のやり方が踏襲され、他領と比べて町民は自由に恵まれ、商売のために他所で働くことも許容された。

主な伊勢商人の分布図

概略図 伊勢商人の分布概略図

03–04 / EDO

江戸の伊勢商人・伊勢商人の江戸店

江戸の伊勢商人
  • 江戸幕府が開府するとすぐに射和の富山家は進出し、以来、伊勢商人の江戸進出は目覚ましかった。
  • 江戸に多きもの 伊勢屋、稲荷に犬の糞
  • 本家の主人は故郷を離れずに江戸店は手代が運営するが、従業員の採用権は本家のみにあり、ほとんど全て伊勢者。
  • 江戸に出ても埋没せず徹底的に伊勢流を貫いたのが伊勢商人。
  • 「近江泥棒、伊勢乞食」また「近江辣腕、伊勢始末」
  • 一にも二にも倹約。「江戸っ子は宵越しの金を持たない」の対極。
  • 倹約とともに重要視されたのが勤勉。
  • 使用人の採用に際しては、家風に合うことを重要視。
  • 三井家では家訓で一攫千金を狙う商いを禁止。
  • 一攫千金を狙う商人の事例を戒めとして、三井家の三代目、三井高房は『町人考見録』を書いた。
  • 伊勢商人は合理性とアイデアに長けていた。
  • 井原西鶴は、伊勢商人気質を「人の気をくみて商いの上手は此国なり」と評価。
伊勢商人の江戸店
  • 伊勢商人が江戸で主に取り扱った商品は、木綿、茶、紙。
  • 文政7年(1824年)の十組大伝馬町一丁目の木綿問屋21家の内、伊勢商人が15家、その中の松坂商人が10家を占めた。
  • 松坂の小津家、長井家、津の川喜田家、田中家など。
  • 茶問屋についても20家中12家が伊勢商人であった。
  • 津の中条家、射和の竹口家など。
  • 紙問屋の中では松坂の小津家が最大の紙問屋。
  • 呉服商として進出した伊勢商人の豪商は両替商も営んだ。
  • 松坂の三井家、射和の竹川家、相可の西村家など。
  • 現在まで日本橋近辺で残る伊勢商人は、松坂出身の三井家の百貨店「三越」、紙商小津家の「小津和紙」、射和出身の国分家の食品総合卸「国分グループ本社」、中万(現松阪市)出身の竹口家の「ちくま味噌」、四日市出身の鰹節店舗「にんべん」など。

文政7年(1824)大伝馬町一丁目木綿問屋(21軒)

店名(伊勢商人) 本拠地 店名(伊勢商人以外) 本拠地
長谷川屋源右衛門(長谷川) 勢州松坂 布袋屋善右衛門(嶋田) 京
太和屋九郎左衛門(長井) 勢州松坂 奈良屋伊右衛門(澤の井) 京
丹波屋次郎兵衛(長谷川) 勢州松坂 中屋喜三郎
太和屋三郎兵衛(長井) 勢州松坂 伊藤屋利助(伊藤) 尾州名古屋
伊勢屋権右衛門(小津) 勢州松坂 丸屋藤助 江戸小向水道町
長谷川屋次郎吉(長谷川) 勢州松坂 升屋七左衛門(久須木) 大伝馬町一丁目
綿屋宗兵衛(長井) 勢州松坂
戎屋六郎次(長谷川) 勢州松坂
亀屋武右衛門(長谷川) 勢州松坂
嶋屋六兵衛(岡本) 勢州松坂
田端屋次郎左衛門 新店(田中) 勢州津
田端屋次郎左衛門 本店(田中) 勢州津
川喜田屋久太夫 勢州津
川喜田屋兵四郎 勢州津
大黒屋三郎助 勢州

05 / KYOTO & OSAKA

京都、大阪の伊勢商人

京都・大坂への進出
  • 江戸店持の伊勢の大商人は、京都、大坂にも進出して連携を図った。
  • 江戸では金貨、京都、大坂では銀貨で決済されたから、必然的に両替商の役割が重要となり、これにも伊勢商人は関わった。
  • 松坂の三井家は初代三井高利の時に京都店を持ち、やがて京都を本拠地に。
  • 他に京都店を持った伊勢商人としては、中川家(松坂)、富山家(射和)、奈良家(松坂)、家城家(射和)、西村家太和屋(相可)など
  • 京都とは茶の湯などを通して文化交流を盛んにした。
  • 大坂の伊勢商人は呉服商も多くあるが、特色は両替商として活躍した
  • 主な両替商は三井家と射和出身の竹川家
  • 多くの伊勢商人が大名貸しをした。ただし、三井家は焦げ付きを警戒し、極めて抑制的にしか貸し付けなかった。明治維新になって返金してもらえず大損をした伊勢商人も多かった。

06 / KANTO

関東の主要伊勢商人

県名 進出先 氏名 出身地 備考
群馬県 桐生 三井 松坂 享保七年(1722)出店、
桐生 西村三郎右衛門 相可 太和屋、出店、江戸店持伊勢商人
桐生新町 佐羽清右衛門 相可 文禄三年(1594)移住
藤岡 富山 射和 元禄二年(1689)出店、江戸店持伊勢商人
下仁田 竹内 松坂 津嶋屋、出店、江戸店持伊勢商人
松井田町 辻中 射和 射和屋、辻中薬局
埼玉県 秩父大宮 片山 久居近郊 伊勢屋、薬種商
越谷 有瀧家 有瀧村(現伊勢市) 伊勢屋、屋敷のタブノキは市の天然記念物。
茨城県 土浦 大黒屋(国分) 射和 正保二年(1712)出店、江戸店持伊勢商人
竜ケ崎 伊勢屋(杉野)治兵衛 玉垣村(鈴鹿市) 伊勢屋、元禄時代に移住
千葉県 佐倉 奈良屋(杉本) 京都(松坂) 明和元年(1764)出店、松坂粥見の出身で京都本店
長生郡長南町 伊勢屋伊兵衛 伊勢長島 いせや、元禄二年(1689)移住。国登録有形文化財。
神奈川県 横浜 加太(かぶと)八兵衛 加太(現亀山市) 出店、伊勢八、江戸店持伊勢商人
横浜 伊藤小左衛門 四日市室山 出店、生糸、茶商
横浜 中条瀬兵衛 津 出店、茶商、江戸店持伊勢商人
横浜 大谷嘉兵衛 飯高宮本 茶商、初代横浜商工会議所会頭。
戸塚 中出与右衛門 松坂 加藤枝直親戚、鈴木家、荒波家
足之湯(現箱根町) 勝間田 松坂 温泉宿、伊勢屋は寛文二年(1662)創業

07 / TOHOKU

伊勢商人の東北進出

東北地方への進出
  • 東北地方で出羽と呼ばれた山形、秋田で最も多かった他国商人は伊勢商人
  • 進出の初出は天正十七年(1589)、相可・射和商人が出羽最上に伊勢茶送付
  • 伊勢商人は特に秋田県の横手、山形県の鶴岡に集中。
  • 伊勢商人は桑名から近江経由で荷物を陸送して敦賀、小浜などの湊から出羽(山形県、秋田県)と日本海経由で交易。
  • 伊勢商人の名を高らしめたのは河村瑞賢の功績。
  • 寛文12年(1672)に東宮村(現南伊勢町)出身の河村瑞賢が幕命により山形県酒田を拠点に、東回り、西回りの航路を開設した

山形の伊勢商人

27家の伊勢商人が、鶴岡、酒田、尾花沢、楯岡、寒河江、山形などに進出。

そのうち17家が鶴岡に進出。9家が相可近郊の出身

鶴岡の伊勢商人

平田家(伊勢交野、どこか)|1622年以前の移住、御用商人
村田家(多気町相可)|1645年、村田次郎兵衛帰国願い
西海家(多気町相可)|1656年、西海三郎兵衛、御米宿
奥井家(松阪市御麻生園)|1656年、奥井長兵衛、御米宿
疋田家(鈴鹿市白子?)|1656年、疋田一郎右衛門、御米宿
竹岡家(多気町三疋田)|1660年、竹岡徳兵衛移住、江戸店持
地主家(多気町相可)|1664年、地主仁兵衛帰国願い
鎌田家(多気町四疋田)|1682年、鎌田三右衛門移住
三井家(多気町片野)|1730年頃移住、伊勢参り記あり

秋田の伊勢商人

28家の伊勢商人が、浅舞、六郷などに進出。

特記すべき伊勢商人としては、伊多波武助。

波多瀬(現多気町)出身で多くの鉱山を経営したが、秋田藩の鉱山政策にもかかわった。

家 出身 居住地・内容
伊多波武助家 多気町波多瀬 大館市岩瀬住|初代は1622没|鉱山師で御用商人
地主喜左衛門家 多気町相可 大仙市角間川住|1770年初頭に2代目が横手に進出
本郷吉右衛門家 多気町古江 大仙市角間川住|2代目1777年没、国指定住宅(公開)
鈴木松右衛門家 松阪市射和 仙北市角館住|初代没年1688年、1665年移住|酒造業
辻長十郎家 松阪市射和 美里町六郷|初代1700年没
小林治右衛門家 松阪市大黒田 仙北市角館住|3代目1720年没
富岡圓右衛門家 伊勢国どこか? 初代1720年没|味噌醸造業
村田善兵衛家 多気町古江 横手市住|初代は1741年没
村田四郎治家 多気町相可 横手市浅舞|1700年以前の移住
小西久兵衛家 松阪市朝田 横手市雄物川町今宿|初代1702年没
小西彦四郎家 松阪市朝田 横手市雄物川町薄井|初代1738年没、楠姓も名乗る

参考文献:金児紘征「秋田と伊勢商人(後編)」(『あきた経済』No.523、2023)

08 / CULTURAL CONTRIBUTION

伊勢商人の文化的貢献

  • 伊勢商人の足跡を調べると、商売だけでなく、さまざまな文化的・社会的貢献をしている。
  • 特出すべき文化的貢献は著書を集めて私設図書館を持ったこと。
  • 射和の竹川家の竹川竹斎が蔵書を集めて住民にも利用できるように「射和文庫」を開設。
  • 津の川喜田家の川喜田久太夫も蔵書家で知られ、「千歳文化」を開設。
  • 松阪の小津与右衛門(久足)も蔵書家で多くの紀行文がある。
  • 参考文献:菱岡憲司「大才子 小津久足」(中公新書)

09 / ETHOS

伊勢商人道

家の存続と繁栄を願う掟

家の存続と繁栄を願い、各家で種々の掟を作成した。

倹約と勤勉が伊勢人気質であり、投機的商いを避けて堅実な経営を目指した。

  • 三井家では、「諸法度集」、「家内式法帳」、2代目三井高平「宗竺遺書」を遵守した。
  • 明治時代には、三井呉服店は三越になり、従業員教育のテキストとして「三越小僧読本」を作成
  • 三越では、小僧といえども品位を保てと諭した。

10 / TOPICS

トピックス

10.1 伊勢御師と伊勢参り
  • 他国者には警戒感を持つのが世の常であり、他国商人が受け入れられるには数々の障害があるが、伊勢商人はありがたいことに却って歓迎されたふしがある。
  • 伊勢信仰の高まりにより、伊勢出身者は親近感を持って迎えられた。
  • 伊勢信仰を広めることに一大貢献をしたのが伊勢御師。
  • 伊勢御師は、目的地の領主が帰国している一年おきの年に半年ほど滞在して各地を巡り、伊勢信仰を広め、伊勢参りを勧誘。
  • 伊勢御師が持ち帰った各地の情報は伊勢商人の進出に大いに役立ったと思われる。
  • 東北の大半の地域の伊勢御師は三日市太夫次郎。本人だけでは廻りきれないため、名代が各地に派遣された。
  • 秋田の北部を担当した名代は中西六左衛門家。
  • 秋田城下に拠点があり、名代と言えども藩主にもお目見えできる立場でもあった。
  • 中西六左衛門家の当主、中西正高は本居大平の門人でもあった文化人で、秋田の本居門人との連絡係りも務めた。

参考文献:金児紘征「秋田の伊勢御師」、『瑞垣』No.256、2023

10.2 全国を旅した伊勢人

大淀三千風(1639-1707)

松阪市出身の俳諧師。15年間、松島、仙台に住む。1639年以降に5年間の全国行脚。著書「日本行脚文集」

植村政勝(1695-1777)

松阪市出身の幕府御庭番で本草学者。34年間、探索と採薬のために諸国を巡った。同郷の本草学である丹羽正伯、野呂元丈とも一緒に旅した。著書「諸州採薬記」

橘南谿(1753-1805)

津市久居出身の医師で京都で活躍。医者修業として全国を行脚。著書「西遊記」、「東遊記」

松浦武四郎(1818-1888)

松阪市小野江出身の北海道探検家。北海道命名者。全国を巡ったが、特に北海道から樺太アイヌ人と供に旅した。日記風地誌を多数出版

BIBLIOGRAPHY

参考文献

伊勢商人の簡単な解説としては公開している金児紘征「秋田と伊勢商人(前編)」(『あきた経済』11月号、2022)をお読みください。

伊勢商人一般

  1. 嶋田謙次『伊勢商人』(伊勢商人研究会)(1988)
  2. 後藤隆之『伊勢商人の世界』(三重県良書出版会)(1990)

伊勢側文献

  1. 『三重県史 資料編 近世4(上)』(1998)
  2. 『松阪市史 第十一巻 資料編 近世(2)経済』(1983)
  3. 武藤和夫「伊勢商人の研究1」(『三重大学学芸学部教育研究所紀要』32巻、1965)
  4. 小川恒太郎『三井松坂店のすべて』(まっさか参の会)(2009)
  5. 田畑美穂『松阪もめん覚え書』(中日新聞本社)(1988)
  6. 上野利三編『竹斎日記稿』全11巻(松阪大学地域社会研究所)(1991-1995)
    注:竹川竹斎の文政9(1826)年から明治15年(1882)までの56年間の日記
  7. 菱岡憲司『小津久足の文事』(ぺりかん社)(2016)
  8. 上野利三『幕末維新期伊勢商人の文化史的研究』(多賀出版)(2001)
  9. 山崎宇治彦・北野重夫編『射和文化史』(1956)

江戸・京都・大阪文献

  1. 大喜多甫文『伊勢商人と江戸店』(2017)
  2. 中田易直『三井高利』(吉川弘文館)(1959)
  3. 北島正元編『江戸商業と伊勢店』(吉川弘文館)(1962)
    注:副題は「木綿問屋長谷川家の経営を中心として」
  4. 三井高房『町人考見録』
  5. 三井銀行『三井両替店』(1983)
  6. 石田修大『日本橋で三百年』(国分株式会社)(2012)
  7. 『小津330年のあゆみ』(小津商店)(1983)
  8. 青野豊作『『三越小僧読本』の知恵』(講談社)(1988)

それ以外の地域文献

  1. 『伊勢商人中村(千原)家資料 前・後編』(寒河江市史編纂叢書、75、76集)(2009)
  2. 金児紘征『秋田の中の伊勢』(無明舎出版)(2017)
  3. 金児紘征「秋田と伊勢商人(後編)」(『あきた経済』12月号、2022)

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金児紘征(松阪風土記の会会長)

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